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宮村美紀選手

宮村美紀選手は以前何回か見たことがあるのですが、2008年の須玉国際女子で見たときの印象が強くあり、この大会の優勝のおかげで東レパンパシフィック2008の予選にワイルドカードで出場することができたのです。 最初の宮村美紀さんの印象は、細い!かわいいでしたが しかしテニスを見ていると、そのフットワークそして、戦略などきっともっともっと上にいける選手だと私は思っています。 宮村美紀選手は、有名なミヤムラテニススクールの娘さんで、最初はバトミントンをしていたそうです。だから上とか強いんですね。 小学校の途中からテニスを始めて、早稲田大学に入学したころまでは、普通といってはなんですが、普通の戦績のジュニアプレーヤーでした。 戦績からいくと早稲田大学のテニス部まで行かなかった選手なのかもしれませんが、早稲田のテニス部の土橋登志久監督にスカウトされて早稲田に入学 3年4年とインカレ(全日本学生選手権)でシングルスを連覇、4年生のときにはシングルスとダブルスの2冠を達成しています。 須玉国際女子で優勝したときのスピーチで、 「私はまだまだ実力のないプレーヤーで」と話していまして その謙虚さが彼女をこ

伊達公子のインターハイ、ウィンブルドンそして引退

伊達公子のプロフィール伊達公子は日本のテニス会でははずせない一人でしょう。伊達公子選手は京都市で1970年9月28日に生まれた日本のプロテニスプレーヤーです。伊達公子選手が本格的にテニスを始めたのは、竹内映二さんの父親である竹内穣治がオーナーを務める「四ノ宮テニスクラブ」でレッスンをはじめたのがきっかけだと聞いています。伊達公子は高校時代は園田学園高等学校にて今は亡くなってしまった光国彰監督の指導の元、1988年のインターハイでシングルス、ダブルス、団体優勝の3冠獲得しました。そのときの決勝戦で伊達公子は沢松奈緒子さんだと思います。私も伊達公子選手の名前をはじめて聞いたのがこのころだと思います。1989年 伊達公子選手はいよいよ高校卒業後はヨネックスのスポンサーの下世界を回りだします。ツアーでも着々と成績を伸ばし1995年、2月の東レ・パン・パシフィック・テニスで初優勝。伊達公子とシュティフィー・グラフ今でも語り草になっている二つの伊達公子を有名にした試合がこの年あります。一つ目はリプトン国際選手権で準優勝のときです。この大会では決勝でグラフに完敗したのですが、準決勝でガブリエラ・サバ

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